MEMENTO

●●●お知らせその1
ただいま、在日フランス大使館旧庁舎にてインストール作業中!
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東京藝術大学系
イキテルキオク マボロシノキオク
MEMENTO VIVERE / MEMENTO PHANTASMA
http://www.ima.fa.geidai.ac.jp/memento/

会期:2009年12月11日(金)~27日(日)
   開館日は、木・日10時~18時、金・土10時~22時のみ。(月~水は休館)
会場:旧在日フランス大使館庁舎別館、屋外敷地
   東京都港区南麻布4-11-44
   地下鉄日比谷線広尾駅徒歩5分
地図:http://www.ambafrance-jp.org/article.php3?id_article=1712
主催:東京都/東京文化発信プロジェクト(財団法人東京都歴史文化財団)/
   東京藝術大学
※在日フランス大使館旧庁舎解体前プロジェクト NO MAN’S LAND 参加企画
http://www.ambafrance-jp.org/article.php3?id_article=3723

在日フランス大使館総合主催No Man’s Landに野営する東京藝術大学系(生き
てる記憶/幻の記憶)は学生を含む37名(組)のアーティストによるオブジェ、
インスタレーション、映像、写真、テキスト、サウンドなどの展示とシンポジ
ウム、DJと生演奏のレイヴで構成される。大使館移転後だから無人地帯? そ
うだろうか?国家権力と個人――自由・平等・友愛の三色旗がたなびいていた
この場所・建物は、さまざまなドラマと日常の記憶の宝庫、万人地帯だ。突出
人も無名人もいた。かつて近代詩人・萩原朔太郎は「仏蘭西へ行きたしと思へ
ども・・・」と悲嘆したが、3ヶ月後に消える庁舎は距離の消滅を象徴する。
それをもたらした時間の作用を一人一人のアーティストの感性が解読・検証す
る。期間中、「ドキュアート実験」の制作・展示が行なわれ、刻々の時空間の
変化が創造的な手法で記録される。そして、仏日の距離と近さの歴史は未来と
いう時間に踏み入ってゆく。(このプロジェクトを共同キュレターの渡辺好明
教授に捧げる。)
         東京藝術大学MEMENTO VIVERE / MEMENTO PHANTASMA展本部

<今週末に開催のシンポジウム>
12月12日(土)14時~17時半
<おフランスを越えて:現代思想と芸術 日仏交流>
木幡和枝(アート・プロデューサー、東京藝術大学 教授)
後藤繁雄(編集者、京都造形芸術大学 教授)
千葉雅也(哲学、表象文化論)

<歴史=物語(イストワール)の現在:情報・芸術・キャラクター>
池田剛介(美術家)
黒瀬陽平(美術家、アニメ評論)
千葉雅也(哲学、表象文化論)
濱野智史(情報社会論)

12月13日(日)14時~ 16時半
<仏蘭西へ行きたしと思へども・・・:距離の消滅と時間の深淵、
シュルレアリスム、岡本太郎、 佐伯祐三、瀧口修造、
1978【日本の間】展、Otakou・・・>
宇野邦一(フランス文学、現代思想、立教大学 教授)
港 千尋(写真家、芸術人類学、多摩美術大学 教授)

他にも会期終了まで毎週末にイベント有り。
詳細はサイトをご覧下さい。
http://www.ima.fa.geidai.ac.jp/memento/

No Man’s Land

 

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004「フランス大使館旧庁舎解体前プロジェクトNo Man’s Land– 東京藝術大学系 展示+イベント MEMENTO VIVERE/MEMENTO PHANTASMA…」tokyo

|2009/12/11-03/09

|在日フランス大使館 〒106-8514 東京都港区南麻布4-11-44 |

広尾にあるフランス大使館の旧館の立て替えに伴い、最後機会に様々なアーティストの展示をおこなうというイベント内で芸大系が展示をする機会に、会場制作のチームとして、またaliceを作品として会場ないにさまざまな形で展示設営した。全体の展示の中で内容が入れ替わって行く別館での展示となったのだが、芸大の会期終了後も、全体展示の間会場用の椅子として設置されていた。その後新宿のギャラリーに現在はベンチが保管されている。

建築が終わる、もしくは生まれ変わる瞬間に様々なアーティストがその空間を読み取り展示やパフォーマンスをおこなうその過程は展覧会というよりも工事現場にいるような異様な雰囲気が大使館という特別な場とともに不思議な時間をつくりだしていた。(森純平)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト

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002<art-Link 上野-谷中>「ぐるぐるヤ→ミ→プロジェクト」

| 2009/10/4,10|東京都台東区谷中1ー6|

谷中で数日間だけ行われる回遊型のアートイベントに展示をすることになった、会場は根津駅に近い玉林寺と、大きな杉の木で有名なミカドパンの間の細い路地である。

そのあいだに百人の小人を回遊させて、街をみるためのきっかけをあたえることをおこなった。 その数日間、それ以外の谷中の街にもすこし遠出した小人達が出現して、様々な人が驚きをおぼえたと噂にきく。

こちらでは、フランスと展示の間にふと気付かせるのではなく、散策の中で様々なのもをみつけ、それらの行為全体を通して、新しい自分になるといっったイベントのコンセプトに沿い。それら道端に生活している小人達の写真をとってもらう、という行為を設定した、人々はまるで昆虫学者のように、道端から、塀の上などを谷中の魅力的な路地を右往左往しながら、じっくりと観察していった。

上野タウンミュージアム2009

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003「上野タウンミュージアム2009」

|2009/09-

|東京台東区循環バス「めぐりん」バス停各所他17箇所|

|ナントでおこなったプロジェクとの帰還展。今度は一から会場を街のなかから自分たちで選ぶことができた。僕は同時期に台東区でおこなわれているUTMプロジェクと他のメンバー達の会場を結ぶ 区の循環バス「めぐりん」のバス停にベンチが無い場合が多いことを発見し、アートをきっかけとして、17カ所40程のバス停や展示会場にベンチをおいた。実際単純にベンチというだけでは、置くことが難しい場所でも、アートという言い訳を積極的に利用することによって、特例的に許可をえることができて、短時間ではあるが、街にあたらしい方向をみせられたようなきがしている、期間限定ということもありやはり撤去しなくてはならなかったのだが、撤去時に近所の方々に御礼をしてまわると、ほとんどが、置いていけばというような肯定的な意見をいただき、つよい可能性を感じた。

 

ナントカエイト

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|ナントカエイト|この『alice』のきっかけとなった場所。東京藝術大学とナント藝術大学に大学間国際交流プログラムへの参加がきっかけとなった。東京藝術大学の大学院生から4名、ナント藝術大学から4名が選抜され、2009年5月から6月にかけてフランスに、9月から10月にかけて日本にてそれぞれ3週間、8名全員が現地制作をするというプログラムである。またフランスでは、「ESTUAIR 2009 Nantes〈〉Saint-Nazaire」日本では「上野タウンミュージアム2009」に参加した。選ばれたメンバー動詞ではじめに協議したことは8名全員で一つのプロジェクトをおこなうか、各々が個別の作品制作を行うかという点であった。日本側の学生だけでも専攻は油画、彫刻、建築、先端芸術表現とばらばらで、各々の表現技法や関心は多様であった。結果的には8名がそれぞれ個別の作品を制作をすることになるのだが、その結論に至る前に8名全員んで一つのプロジェクトを行う場合を想定して、それぞれがプランを出し合う機会を設けた、その時共有していたテーマが、専攻がバラバラであるがゆえに特定の技術に偏るのでなく、「誰にでもできること」から考えるというものであった。 (森純平)

 

001「ESTUAIR 2009 Nantes〈〉Saint-Nazaire」

|2009/05-|france nantes |

|アートによるメセナ活動の発祥の地で知られるフランスナントに滞在し、その近郊にあるサンナザールという造船の町の、原子力潜水艦基地の屋上で展示をすることになった、そこは、第一に潜水艦の為に作られているため、不思議なスケールをもっていた。作品は1/1では、そんな敷地を展示場所とするための会場用のベンチとなり、1/50では会場をあるきまわる小人のための建築物となるものを会場に配置した。ふとした瞬間に小人の世界に入り込むフランスの人々達の反応はもう一度、建築の強さを考える大きなきっかけとなった。

 

街をみるための装置

Alice

|街をみるための装置|ぼくはもう大人になった。

とリビングの椅子のしたで、秘密基地ごっこをしながら母親が夕ごはんをつくっていた時のことを思い出しながら。いってみた。さて、そうつぶやく僕の体は大きくなったけれど。

 

僕が大きくなったのか。はたまた世界が小さくなったのか。

 

それは今でもいまいち分からない。あの時の椅子の下には確かに洞窟が広がり、ロボット基地ができていた。ぼく自身がそこで何かをつくるというよりも、どんな基地で何がおきているのかをイメージするばかりだった。

そう思い出す僕は。今でも人形をつかって、今度は逆に小人の世界を想像して楽しんでいる。フランスの小女につまみあげられたり。谷中の猫とであったり。崖のような壁に圧倒され。広大な原子力潜水艦の基地の屋上を冒険した。

やっぱり世界の方が小さくなったのかもしれない。

だって、予想だにしていなかった。僕が海を越えフランスの地であたらしい友人と酒をのみ。上野の街を洞窟に、たくさんの秘密基地を置くことができた。

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|この作品は「状況をつくること」ではあるが、「建築家として状況を作ること」それ自体を確認するための作品でもあった、結果は、以降の説明にもあるように、予想以上に人はモノも含めた上で、信頼していいものだということが言える。