「まちを鳴り響かせる」

まちを一つの楽器だとしてみよう。

楽器はそのモノだけがあっても意味はなくて、音楽を奏でて初めて意味が生まれる。
演奏する人が必要なのだ、自分自信でその音色に酔いしれてももちろんいいけれど、やっぱり聞いてくれる人がいると嬉しい。

中学1年生初めてギターを買った。
好きなバンドのギターが持っているギター、流行りのバンドが持ってるギター、果ては好きな作家がうんちく垂れてるギター。いや?そもそも俺はギターやるのか?なんて。同時に、初めてその相棒を手に入れるまでに色々とお金を貯めたり、どんな音楽ができるのかワクワクしたり、音楽家の使う側の視点になって音を聞いていたりする。ことの顛末はというとある夜、父親がどこかのフリーマーケットで多分1000円くらいで質のいいYAMAHAのアコースティックを買ってきて。期待を裏切る感じでひょいと手に入ってしまった。
何十万もする自分には少し大げさな楽器もいいかもしれないし、外でも気軽に扱えて、少しくらい放っておけるような楽器ってのもいい。

そんな楽器を選ぶところから、演奏を始めるところ、そんな生活が自分の日常になること、それを通して音楽の世界によりいっそう興味を抱くこと。

大学に入ってからは、それこそ本当にプロになるような友人たちのおかけで、スタンダードなpopからブルース、ジャズ、クラシック、ノイズとそもそも、音楽が誰かが創造して生まれて出来たことを知る。
また世界を動き回るうちに、そもそもの音楽がそれぞれの場所や時間、時代、仲間から生まれることを知る。

そんな全てが素晴らしいと思ってしまう。

なんてキーボードが勝手に書いているけど。

一番大事なのは、あの音楽が空間に鳴り響く時に勝手に動きだす、変な気持ちである。僕の場合、そこで心が動けば幸せになってもいいし、本当にムカついてもいい。
何か動きが生まれることが価値があると思っている。
まぁ文字通り心躍るのが最高だけども。。

それから先は自分の心の問題です。

てなことをまちのことと連想して考えてる春の日。