おっとり舎

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1−1おっとり舎 ottr 2007-2010
元洋品店だった町家を改装したいとの相談を電子音楽をおこなっている友人から受けたことから関係性がはじまった場所
当初の改装から関わることによって運営メンバーとして、企画の立案と各イベントごとに会場デザイン。イベントがない日常での家具の配置や使い方の整備管理人のような立場を通してそこでおこる状況に関わっていった。僕以外の4人メンバーは電子音楽などの作曲をおこなっているのだが、当初はその楽器など機材の倉庫として建物をかりた。そんな中、場所として整えるにあたり私がすこし綺麗に改装しすぎたためにイベントをしようか、というような流動的な雰囲気のもと,かれらが学部を卒業するまでの3年間に渡り場が変わり続けていった。
イベントの内容や、場所の使い方事態も流動的であったが常にそれらの状況や、特殊性を理解しつづけるという、ラディカルな姿勢をメンバーと共にもちつづけることができていたため、毎度場を一新しながら状況をデザインしていくことができた。

 

 「おっとりというのは現代人の忘れかけている日本の心で、調べてみると言葉の由来は’夫をとる’すなわち結婚を考える女性の心境にあるらしいよ。美しい言葉でしょう。血気盛んな若いあなた方がそんな言葉を提示してくれたということが僕はうれしいんだ。」
Yさんがそう褒めてくださったとき、僕は少し戸惑った、というのも、いかにも現代離れした’おっとり’という言葉は当然いくらかの皮肉もこめていたし、十分に気をてらった表現のつもりだったからである。「若い」僕等が’おっとり’なんて言葉を平然と口にできたのも、その皮肉性というか、奇妙さを頼みの綱にしているところがあったからだ。それを抜きにしてしまうことは致命的といえば致命的だった(だって恥ずかしい)のだが、しかし、まぁ、なんというか、どうでもいいことに感じてしまった。マスク越しでもはっきりと分かるにこにことわらうYさんのその表情が僕等は大好きで、彼との関係の中では、その言葉に強い説得力が生まれざるを得なかった。

 

これはおっとり舎設立当初にメンバーによって書かれた文章である。私たちがとらえていた言葉の意味ははっきりとは示されていないが、このように異なった定義の上で、言葉の意味が重層的に捉えられることを積極的にうけいれる姿勢そのものに、私達のスタンスの存在を表す文章であると思い、ここで引用する。まさしく活動をかさねることによって様々なイメージをかさねていったのだ。
ただ、そのように、固定されない場をつくっていくことは、クリエイティブではあったが、逆に場を整えるという集中力を毎度必要とするということである。最初の1年ほどはそうやって、自由に場所をかえていったが、しだいに、アーティストがレジデンスをはじめたり、イベントの空間形式を固定することによる、クリエイティビティーのようなものへと関心は移っていったが、あくまでもポジティブに場を理解し続けるという姿勢は貫かれていた。 総体として3年間で40以上ものイベント、アーティストのレジデンススペースは、さまざまな企画の打ち合わせスペースなどとして日常的な場の移り変わりを試行することができ、ここでの経験は以下でのべるさまざまなの状況のデザインのベースとてつよく残っている。私意外にもここでイベントを行った出演者などが多くいるのだが、かれらも、こういった、何も決まっていない場所で、イベントを作るということや、共作をとおして、建築家のように場所を読む力をある程度そなえ、現在も後続してさまざまな状況で活躍をしている者が多い。

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