きょうと

浄瑠璃寺(庭)、円成寺(舞台本道)、長岳寺(高縁側)、般若寺(コスモス)、平城宮(改装)、法華寺(民家)、角屋(内装)、南禅寺金地院(ふすま絵)、知恩院(フルコース)、醍醐寺、高台寺(かさてい)、嵯峨鳥居もと、大覚寺()、円城寺(かんがくいん、こうじょゆいん)、西教寺(さる)、延暦寺(やまぁ)

養老孟司さんは、
「仕事というものは、世間に空いている
穴を埋めるものだ」
という。

とりわけ、
自我が肥大しがちな青年時代において、
養老先生の言葉は大切な
メッセージを含んでいる。

一方、何でも世間に合わせて
がんばっていると消耗する。

 自分が好きなこと、惹かれること、
大切なことをできるならば、
 より良質のものを生み出し、
世間に差し出せる可能性がある。

 半ば自分のために、半ば
他者のために。
 つまりは、自分と社会が、
ラブ・アフェアーの状態に
あることが望ましい。

 別の言い方をすれば
スケールの問題なのであって、
 自分にとって本当にエッセンシャルな
ことは、世間に大手を振って
流通していることではなく、 
 心の中に、まるで胡桃の殻が
擦れ合うようにかすかな音を
響かせているものにこそ
耳を傾けるべきなのだ。

 そして、自分自身という
楽器が、世に向けての胡桃の
拡声装置となれば良い。

 埴谷雄高さんの『不合理ゆえに吾信ず』
のあとがき「遠くからの返事」の
中に、

この主題は自己の姿の危険な全体を露呈
しているより、僅かな先端部のみを覗かせた
まま地中に潜って、その潜伏期の数百年
のあいだに自己の起爆装置の精密度を
なんとか鋭くとぎすましたいとひたすら
心かげているかのごとくです

とあるように、胡桃の音は時に
数百年かけて拡声される。
 自分自身の生というかけがえの
ないはずのものさえ超えて。

以上 茂木さんより

コビケン中日です。
奈良の施設から京都の旅館に泊まり、また奈良に帰ってきました。

構成?最適な言葉はわからないけれど。フレーム、建築家の意志の総体と、
人間の生活のあいだが、気になります。

それはライトのような装飾と光であったり。室生寺の山中の自然なのかもしれません。

おっとり事件、大成功だったらしく。うれしいような悲しいような。
まぁ、寂しかったけど、、、、放置プレイ

あ、というか、なんか ケイタイ
受信はできるのですが送信できません。
しばらくお待ちください。。。。。


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